さくらえみ、新天地。イチからのスタート。

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さくらえみが渡米しておよそ1か月になる。

2019年にアメリカの投資家であるトニー・カーンによって設立されたプロレス団体AEW、その旗揚げ戦に招聘されたさくらえみは、以降定期的にAEWに参戦し、2021年8月に本格的な挑戦を志し、アメリカへと居を移した。

 

AEWには現在、年に4回のPPVと、定期的に放送される4つの番組ブランドが存在している。

AEW DynamiteはいわゆるAEWのフラッグシップコンテンツで、TNTというテレビ局で放送される2時間番組だ。RampageはDynamiteに次ぐブランドの、同じく1時間のテレビ番組。そして、DarkとDark: Elevationは、YouTubeで無料で視聴することができる配信番組となっている。

Dark(Dark: Elevation)という名の通り、同配信番組の収録はDynamiteかRampageの放送・収録前(あるいは後)に行われる。DynamiteやRampageが始まる前、あるいはメインイベントが終わって帰ってしまうタイミングでの試合のため、その日のチケットがたとえ完売していても、客席には人のいない空白が目立つ、ということもある。Darkではメインロースターのほかに、地元あるいは近隣州に住まいを持つレスラーが出場することも多く、テレビ放映される2番組とは少なからず目的やターゲット層が違う(それぞれの番組のAEWにおける役割については、私自身、まだ明確に定義できていない)。いずれにせよ、テレビで放映されるということは、2021年現在でもいまだに大きい影響力を持っている。そしてさくらの活躍の場は、現在は主にDark(Dark: Elevation)となっている。

これをゼロからの挑戦というのは不正確だろう。さくらえみが26年のキャリアを持つベテランレスラーであることは少なくともAEWのスタッフや選手たちは知っているし、その強さを確かめたいという意思を対戦カードからは感じることができる。

しかし、さくらが相対し、乗り越えなければいけないもっとも大きなものは何よりも「AEWのファン」にさくらえみというレスラーを知ってもらい、さくらえみというレスラーの試合をもっと見たいと思ってもらうという壁であり、そのためにはひとつひとつの試合と自己アピールに全身全霊を賭けるしかない。「私は私だ」と、いつだって初対面の相手に語り掛けるように、自分自身を紡いでいくしかない。

そこでは「26年目のベテランレスラー」「里歩と志田を育てたトレーナー」という肩書きはあまり、というかほとんど意味がない。それは遠い日本でかつて起こった出来事でしかなく、AEWを見ている人にとって重要なのは、今ここで、あるいはこれからどこかで起こることであり、彼らが見たことのないものを見せてくれる選手かどうか、それだけだ。

近くでさくらを見ていて、彼女はゼロではなくても、イチからのスタートをすることにしたのだな、という気配を感じている。YouTubeで配信されるDarkとElevetion、テレビで放映されるRampageとDynamite、そして有料で配信されるPPV。どのプログラムでも選手は勝つために全力で戦うものだけれど、より多くの人に知ってもらう、見てもらう、そのためにはテレビの電波に乗らなければいけないことは確かだ。それは極めて狭き門で、テレビ放映される両プログラムともに女子の試合が多くの場合1~2試合であることを考慮すると、どう考えても、トップと認識される選手になるしかない。

より多くのファンに見てもらうために、存在感を示し、そのために勝ち続ける。単純ながら、AEWのスケールを思うと、その道のりの遠さに途方に暮れさえする。

しかし、アメリカで戦うと決めたから、すべきことは明確になったのだとも言える。この場所であらためて、全部が真新しいものとして、ひとつひとつを積み上げていく。今まで積み上げてきたものは、自分を支える確固たるものとして、胸の奥の定位置にしまっておいて。

26年目のベテランのニューフェイス。AEWに来るというのは、そういうことなのだ。